〜小規模農園「四万十・自給農の里」山内嘉文さん〜
日本一の卵を目指して。四万十町の山奥で、移住と事業承継から始まった挑戦

高知県四万十町の山あいにある小さな集落。ここでひときわこだわりの卵を生産するのが、小規模農園「四万十・自給農の里」の山内嘉文さんです。東京でサラリーマンをしていた山内さんが、なぜ四万十の養鶏場を引き継ぎ、移住・起業という道を選んだのか。そして、田舎で働く“幸せ”とは。
地方移住の決断と、養鶏場との運命の出会い
Q:どういった経緯で東京から四万十町に移住されたのでしょうか?
移住のきっかけはコロナでした。リモートワークが当たり前になって、「東京以外で暮らす選択肢ってあるよな」と考えるようになったんです。そこでまずは、家族と一緒に山梨県に移住してみました。その頃は、東京の仕事を続けながら、副業や起業の可能性も探っていました。いろんな場所や分野のことを調べていた中で、偶然目に入ったのが高知県四万十町の養鶏場でした。
Q:なぜ養鶏場だったのですか?
もともとスポーツが好きで、体を作るタンパク源として日頃から卵はよく食べていたんです。それで、全国のこだわり卵を買って食べ比べるのが趣味になっていて、餌によって卵の味が随分違うものだということがわかってきて、いつか自分好みの卵を作ってみたいと思うようになりました。
そこで、後継者を探している養鶏場を探し始めました。最初は住んでいた山梨県内で探したのですが、なかなか条件に合う場所が見つかりませんでした。そこで範囲を全国に広げたところ、偶然にもその日に高知県事業承継・引継ぎ支援センターのウェブサイトで、四万十町の養鶏場の後継者募集を目にしたんです。
平飼いで、湧き水を与え、餌にもこだわっているという内容に、まさに理想だと感じました。ついに理想の養鶏場が見つかったと確信し、迷うことなくその日のうちにすぐ応募しました。
資料ゼロからの事業承継に挑戦

Q:事業承継の経緯についてお伺いできますか?
応募してからは、高知県事業承継・引継ぎ支援センターの方から紹介を受けて、こうちスタートアップパークの起業相談(東京窓口)を利用しました。サラリーマン時代は企業のコンサルティングに関わっていたので経営に関する多少の知識はありましたが、創業や事業承継についてはまったくの素人でした。
ですが、起業相談(東京窓口)にて、補助金や起業までのスケジュールのこと等を丁寧に教えてくださって、全体のイメージが描けるようになりました。また移住後の理想などにも寄り添っていただいたので、大きな安心感につながったと感じています。正直、行政による支援は表面的なものだと思っていたので、良い意味でのギャップだったと感じています。
養鶏場への応募は20件程あったようですが、「地域を元気にしたい」という気持ちを評価していただけたのか、僕を選んでもらえたんです。山梨に移住してすぐのタイミングでしたが、迷いはありませんでした。ただ、私の身勝手な決断によってパートナーの仕事を辞めさせるわけにもいかなかったので、子育ては自分がするという条件で、子供達と一緒に四万十町に移住しました
Q:事業承継を進めていく中で難しかったことはありますか?
一番大変だったのは、もともとはご夫婦で経営されていた養鶏場だったのですが、鶏の飼育をメインでされていた前オーナーのご主人がすでに亡くなられており、卵づくりに関する重要な情報がない状態だったことでした。ヒアリングできるのは奥様だけで、資料も少なく、毎日、倉庫にある資料を調査して飼育方法を紐解いてみたり、消えていたホームページを自力で復元したり、完全に手探りのスタートでした。
最初は本当に大変で、「もしかしたら、これは失敗だったかもしれない」と弱気になることもありました。ですが、約1年半をかけて、ようやく納得するかたちで事業を引き継げたときの達成感は、今でも忘れられません。

事業承継の可能性と田舎での起業の難しさ
Q:事業承継完了後の状況はいかがでしょうか?
売上や利益は、正直、まだ移住前に描いていた理想には届いていません。
事業承継に思った以上に時間がかかってしまったこと、そして「人」の課題が大きかったと思います。やっぱり場所が山奥なので、仲間を集めるのが本当に大変でした。一人でやっていた頃は、毎日、鶏舎に入り作業する必要があり、県外での営業活動の時間は全く取れませんでした。
でも最近、やっと仲間が見つかり、生産と販売を分担できる体制が整ってきました。これからが、事業として本格的な挑戦のスタートだと思っています。
Q:今後、事業をどう拡大していきたいとお考えでしょうか?
僕の卵は、1個300円を超える高単価な商品です。だから、ただどこにでも置いてもらうのではなく、『この卵が食べたいから、ここに来た』と言ってもらえるような特別な存在になりたいんです。
特に首都圏のレストランとの取引を広げていきたいと思っています。現在販売している卵のラインナップに加えて、シェフの方と連携しながら、それぞれの料理に合った卵を作れるようになることが理想です。
それと、今後は生産のノウハウをデータ化して管理していく仕組みも作っています。一次産業って、ノウハウが全て人の頭の中にあることが多く、それを継承することはすごく困難です。事業承継で苦労したからこそ、誰でも再現できる仕組みにしていきたいんです。

卵を通じて四万十町の魅力を広めたい
Q:移住後の生活はどうですか?
現在は30世帯ほどの小さな集落で暮らしています。最初は溶け込めるか心配でしたが、今ではすっかり『卵の人』として地域の一員になれたと自負しています。鹿肉を振る舞うパーティーに誘ってもらったり、採れたての野菜やお米を物々交換してもらったりと、東京での暮らしにはなかったような温かい人とのつながりが、私にとってすごく心地いいんです。
都会で暮らす「便利さ」や「選択肢の多さ」はもちろん大事だけど、それがなくても暮らせる。むしろ、自分にとっての「本当の贅沢」って何だろう?って考えるようになりました。
Q:卵の生産以外でも地域で活動されていますね?
はい、「四万十清流アドベンチャーレース」というイベントを主催していて、2025年で3回目の開催になります。全国から40人くらいのアドベンチャーレース好きが参加してくれて、初めて四万十町に来る人も多いんです。
卵のことを知ってもらえるだけじゃなく、四万十町全体の魅力を体感してもらえるのがすごく嬉しいです。これからも、四万十町に人を呼び込むプラットフォームとして活用してもらいたいと思っています。

やりたいことをやれている今がとても幸せ
Q:これから挑戦したいこと、そして地方で起業を考える人に伝えたいことは?
卵やアドベンチャーレースをきっかけに四万十町に来てもらい、地域の魅力を感じてもらう。その循環を、これからもコツコツ作っていきたいと思っています。四万十町のことや私の卵のことを知ってもらうために、「日本一高い卵」を作ることも考えています。
そして、卵を通じて四万十町のブランド向上にも貢献できたらと思っています。そのために、営業や販路開拓にもさらに力を入れていきたいですね。
地方での起業を考えている方には、『やりたいと思ったら、まず行動に移してみるべき!』と伝えたいです。たとえ失敗したとしても、命に関わることではありませんしね。むしろ、挑戦しなかった後悔の方が、ずっと大きく残るものですから。
僕も子育て真っ只中での起業でしたが、それでも、今が一番幸せです。やりたいことがあるなら、ぜひ一歩踏み出してみてください。

小規模農園「四万十・自給農の里」
・住所:高知県高岡郡四万十町中神ノ川696−6
・HP:https://shinkaran.jp/
文責/楠瀬 まどか