~まるごと・あかうし! ⼤島 安美さん・渉さん~
夢と縁がつないだ挑戦。育てて届ける、土佐あかうしとの暮らし

高知県長岡郡本山町。四国の中央部に位置し、清流・吉野川が流れるこの町で、土佐あかうしの牧場直営レストラン「まるごと・あかうし!」を営む大島安美さん・渉さんご夫妻。愛知県からUターンし、畜産と飲食店経営を両立させています。
「老後は山を眺めながら牛を見て過ごしたい」。そんな夢を抱いてから、わずか2年で移住を実現。その後も出会いとチャンスを次々と掴み、今では生産から販売までを一貫して手がける事業へと成長させました。今回は、お二人のこれまでの歩みと、起業に込めた想いを伺いました。
老後の夢を、待てなかった

お二人が本山町に移住されたきっかけを教えてください。
(渉さん)
僕は香南市野市町出身で、電機メーカーで車のバッテリーの営業や企画職として働いていました。妻とは大阪勤務時代に知り合い、結婚後も大阪や愛知で暮らしていたのですが、いつか農業をやりたいという気持ちがずっとあったんです。
移住のきっかけは1冊の本でした。妻には僕に読ませたい本を机の上にそっと置いておく癖があって。ある日置いてあったのが、山で牛を放牧しながら酪農をする「山地酪農」について書かれた本だったんです。読んでみたら、「こんな暮らしがしたい」と強く思うようになりました。
(安美さん)
私は大阪出身で、田舎での暮らしに憧れがありました。もともと農業には興味があって、夫もいつか農業をやりたいと言っていたので、なんとなく本を置いてみたんです。正直、そのときの気持ちはあまり覚えていないですが、今となっては、あれが移住のきっかけだったのかもしれませんね。
(渉さん)
老後に山で牛を飼って、牛が歩いている姿を眺めながらお茶を飲みたい。それが夢になりました。でも僕は思い立ったらすぐやりたいタイプで、待てないんです。それからは放牧ができる広い山を探し始めました。2年くらいかけていろいろな場所を検討して、本山町の山に決めました。そして、2020年1月、家族で移住しました。

移住後は、どのように事業を始められたのでしょうか。
(渉さん)
土地は買ったものの、まずは地域に溶け込むことが大事だと考えました。畜産は臭いの問題や牛が逃げ出すリスクもあるので、地域の方々に受け入れてもらえないと難しいんです。
そんな時、ちょうど本山町農業公社が地域おこし協力隊を募集していたので、応募しました。町の農業に携わる人の活動を取りまとめて補助金申請の事務を行う仕事で、各地区の顔役の方々と関わることができました。目的だった「地域に溶け込む」ということは達成できたと思います。
(安美さん)
私は移住してすぐ、家畜人工授精師の資格を取りに行きました。夫が協力隊の仕事で通えなかったので、代わりに佐川町の畜産試験場に1か月半ほど通って取得しました。今でもその資格を活かして、自分たちの牛の人工授精を行っています。
(渉さん)
協力隊の任期は3年あったのですが、3年も待てなくて。移住した年の12月にはもう牛を飼い始めていました。最初は乳牛のジャージー牛を飼っていたのですが、翌年、家族全員でノロウイルスにかかってしまって。乳牛は毎日搾乳しないと病気になってしまうので、「これは続けられない」と思い、2021年9月に肉牛の土佐あかうしに転向しました。
はじめは何をしていいのかわからず、2時間くらいただ牛を眺めて過ごす日もありましたね。わからないことは周囲の人に聞きながら、手探りで畜産をスタート。そして、放牧場を作るために、山の整備にも取り組んできました。
(安美さん)
私は山を一緒に歩いた時、「これを自分たちだけで全部やるのは絶対無理」と一瞬で諦めたんですけど、夫は「これぐらいならいける」と普通に入っていって。その行動力にはいつも驚かされますね。
シェフとの縁が、店を生んだ

飲食店を始められた経緯を教えてください。
(渉さん)
実は最初、店は絶対持たないと決めていたんです。開ければ固定費もかかるし、販売もしなければならない。やるならネット販売だな、と。
転機になったのは、農業公社時代に出会ったスコットランド出身のシェフの存在でした。本山町にあった人気レストランで長年シェフをしていた一流の料理人で、「あかうしを活かした料理を出せば、お客さんに直接届けられるんじゃない?協力するよ」と以前からずっと声をかけてくれていたんです。
そして、僕が協力隊を終え、そのシェフも定年を迎えた頃、「あの件どうする?やるでしょ?」と。ちょうど僕が足を骨折していて現場に出られなかったこともあり、「じゃあやろう」と決めました。すぐに商品開発を始めて、地元の産直市「本山さくら市」でテスト販売をスタート。メニューは端材をきちんと売り切るため、ミンチでハンバーガー、すじ肉で牛すじカレーにしました。
(安美さん)
実は私は最初は全く関わっていなかったんです。ですが、少しずつ巻き込まれていき、気づいたら店をやることになっていて、「やるしかない」という感じでしたね。
(渉さん)
テスト販売で想定より売り上げることができて、これなら店舗化してもいけるかもしれないと思い、本格的に準備を始めました。国道439号線沿いにちょうどいい空き店舗があって。駐車場が広いのも、この場所にした決め手でしたね。
僕は何かをする時にまず環境を変える癖があるんです。例えば牛を飼うときも、普通だったら研修に行って技術を身につけてからなんでしょうけど、僕の場合はいきなり始めて、自分をそっちに寄せていく。今回もそうでしたね。
その行動力が、今につながっているんですね。
こうちスタートアップパーク(KSP)を利用されたきっかけは何でしたか。
(安美さん)
店舗を改修するのに資金が必要で、補助金を探していたんです。「高知 起業」などで検索していて、KSPの補助金を知りました。
KSPの起業コンシェルジュに相談したのですが、アドバイスがすごく助かりましたね。
自分がバラバラと持っていた考えを、「課題は何か」「ターゲットは誰か」「何を届けるか」と整理するためのフォーマットを教えてもらいました。それに沿って落とし込んでいったら、事業計画のプレゼンもしやすくなりましたし、自信を持って臨めましたね。
(渉さん)
それだけでなく、県外の販路も紹介してもらいました。首都圏にあるネットショップのバイヤーさんが高知のお肉を探しているということでつないでいただいて、今ではいいビジネスに育っています。本当にありがたいですね。
お客様の笑顔が、間違いない道を示してくれる

お店には国道439号線を通るドライバーや観光客など、県外からのお客様も多いそうですね。起業してよかったと感じる点を教えてください。
(渉さん)
お客様の顔を直接見られることですね。農家をしていると、自分の作ったお肉が本当に美味しいかどうかって分からないんです。ずっと牛舎にいますし。でもお店があれば、お客様の反応がダイレクトに分かる。感動してくださるものを作れば絶対間違うことはありません。
あとは、家族で一緒に過ごす時間が増えたことですね。子どもたちもお店に来て、忙しい時にはお手伝いしてくれることもあります。
(安美さん)
私自身は接客業が向いていないと思っていたんですが、人が喜ぶのを見るのは好きなので、それがやりがいになっていますね。

(左:あかうし100%ハンバーガー、右:あかうし焼肉丼)
今後、挑戦したいことはありますか。
(渉さん)
まずは放牧場をしっかり整備したいです。今は牛舎で飼育している牛を、来年1年かけて全頭放牧に移行する計画です。放牧にすれば牛舎の掃除などの作業が大幅に減り、お店の運営との両立がしやすくなります。
あとは販売体制の強化ですね。今は冷凍でお肉を販売していますが、冷蔵で欲しいという声もいただいています。2か月に1頭のペースで売り切れるようになれば、賞味期限内に冷蔵で届けられる。県外への販路も広げながら、もっと多くの方に土佐あかうしの赤身の美味しさを知ってほしいですね。
(安美さん)
将来的には、山でハンバーガーを売りたいんです。牛を見ながら食べられたら理想的だなって。最初の「老後は山を眺めながら牛を見て過ごしたい」という夢が、そこにつながっていけたらと思っています。
実現を楽しみにしています!では最後に、起業を考えている方へメッセージをお願いします。
(渉さん)
しんどい時に踏ん張れるかどうかが大事だと思います。うまくいっている時は何をやっても気持ちよくできる。でも苦しい時に頑張れるのは、自分の心から出る想いがあるからこそです。見栄や目先の利益ではなく、本当にやりたいことなのかを見極めてほしいですね。
(安美さん)
周りの人は本当に大事です。アドバイスをくれる人、力になってくれる人がいると心強い。1人で全部やろうとせず、仲間を作っていくことが大切だと思います。
まるごと・あかうし!
・住所:高知県長岡郡本山町本山763−1
・HP:https://www.instagram.com/marugoto.akaushi/
文責/是永 裕子